【書評】中道仁美・小内純子・大野晃編著『スウェーデン北部の住民自治と地域再生』
村落社会研究ジャーナル 第21巻2号(通巻42号)より (2015年5月29日)
著者たちのグループは1990年代より、日本の中山間地域の現状を見据えつつ、ヨーロッパ各地の条件不利地域の調査研究を継続的に行っている。本書が対象にしているのはEUに1995年に加盟した北欧のスウェーデンである。スウェーデンといえば高福祉国であることや、イケアの家具、ボルボの自動車などの工業製品が思い浮かぶが、農業や農村についてはほとんど知られていないのではないだろうか。そのスウェーデンの中でも、首都ストックホルムから北に500㎞以上も離れたイェムトランド県の農村コミューンが本書の舞台である。オーレ、クロコムという2つのコミューンにおいて、EUの農業政策や地域政策がどのように実施されているのか、また地域の実施主体である協同組合、集落自治会、社会的企業などがどのような活動を行っているかについて、現地調査に基づき詳述している。以下、順に内容を紹介しよう。
「はじめに」(中島仁美)では、まず本書の課題として「EU加盟後のスウェーデンの条件不利地域において、住民による地域活性化活動の実態を明らかにすることにより、地域再生の課題、あるべき方向を論ずる」ことが示される。調査対象地域であるイェムトランド県の概況説明もここでなされる。同県の総人口は約12万7000人、人口密度は2.7人/km²以下であり、スウェーデンの中でももっとも人口密度の低い「人口希薄地域」である。続く「第1章 スウェーデン条件不利地域の政策とEU構造基金」(中道)では、EUおよびスウェーデンにおける条件不利地域政策、構造基金による地域政策の展開を説明した上で、スウェーデンの条件不利地域における農家の現状、所得補償の役割について述べている。1995年のEU加盟以前より、スウェーデンでは政策実施主体として地域が重視され、パートナーシップやボトムアップの手法が取り入られていた。EU加盟により、農業政策の上では高緯度であることから条件不利地域指定が可能となり、地域政策の上では人口密度が低いことから構造基金「目的6」地域の指定(2000年以降は「目的1」)を行ない、それらが「車の両輪」となって地域内の農家や住民の所得を支えていると述べている。
「第2章 イェムトランド県における地域再生活動と支援システム」(小内純子)では、調査対象地域であるイェムトランド県について、集落自治会を中心としたさまざまな協同関係が「歴史的社会資本」として蓄積されており、それが80年代に住民運動として開花したこと、地域住民の社会的ネットワークが内向きに作用するのではなく、現代的課題に対処すべく積極的に活用されていったことなどが具体的に述べられている。同県では、1990年代の深刻な経済不況により、公共部門の雇用が削減されたが、その後、女性を中心に健康・福祉分野の就業が増え、さらに子育てのための新協同組合など、各種の協同組合が活動し、その数は6500近くにも上る。「地域的動員」、「公的サポート」、「外的刺激」の三者が「必須の三角形」として効果的に働き、「イェムトランドモデル」として、全国的にもよく知られる成功例となっている。
「第3章 協同組合の展開と住民による地域再生運動―オーレ・コミューン・フーソー集落を事例として―」(中道)では、イェムトランド県の中でもとくに人口が希薄なオーレ・コミューン・フーソー集落での聴き取り調査に基づき、各種の協同組合の活動や、地域資源利用による地域活性化とその衰退までの経緯を述べている。フーソー集落はノルウェー国境に接し、県都エステルスンドまで車で90分以上を要する、森と湖に囲まれた静かな集落である。1743年から約140年間は銅山で栄えたが、1960年代の閉山後は人口が激減した。その後、70年代から住民自ら「死を拒否する集落」の意気込みで立ち上がり、村の歴史を題材とした「フーソー劇」の上演、鉱山主の住居跡(フーソー館)などを用いたツーリズムに積極的に取り込んだ。人口は一時100人まで回復したが、2000年以降は、再び減少している。筆者はこの衰退の要因を住民の「燃え尽き症候群」と企業家精神の不足、スキー場リフト経営の不振と売却に求めている。
「第4章 人口希薄地域の住民生活と集落自治会―オーレ・コミューン・フーソー集落の自治会活動を中心に―」(大野晃)では、同じくフーソー集落を取り上げ、筆者たちによる集落〓皆調査をもとに、住民の日常生活、農業経営の実態を詳述している。
同集落は54世帯から成り、そのうち回答の得られた34世帯の世帯員数は74人、70歳以上の独居世帯が6世帯、10歳未満の子供は3人という、日本の限界集落にも似た状況にある。84歳の単身男性が畑仕事や牛の世話の傍ら、ムースハンティングや釣りを楽しんでいる様子は興味深い。高齢者の一人暮らしは、車で通える距離に住む子供や親族の手助けによって支えられている。人口減少を食い止めるために、自然の景観美と鉱山関連の建造物を活かした「フーソーカントリーミュージアム」を実現し、人口希薄地域再生のニューモデルとなることを筆者は願っている。
「第5章『社会的企業』による地域づくり活動と住民自治―クロコム・コミューンのトロングスヴィーケン地区を事例に―」(小内)では、もう一つの調査地であるクロコム・コミューンにおける社会的企業、(株)トロングスヴィーケン社の活動を取り上げている。トロングスヴィーケン地区は県都エステルスンド市から約40kmと、比較的交通の便に恵まれている。1998年からEUの構造基金を得て行なってきた地域振興プロジェクトでは、企業間の社会関係資本、住民間の社会関係資本が地域形成の早い時期から蓄積され、それらの「歴史的社会資本」がコミュニティセンターを設立し、カフェ、レストラン、水浴場などの整備によって新たな雇用創出を可能にした。EUプロジェクト終了後は、企業家組合を母体とする(株)トロングスヴィーク社が不動産収入を元手に中小企業の育成、支援にも努め、活動の幅を広げている。
「第6章 スウェーデンの集落自治会(ビアラーグ)活動と集落自治「(小内・吉澤四朗)では、調査地における5つの集落自治組織(ビアラーグ)を取り上げ、それぞれの設立の経緯と活動状況を探っている。ビアラーグは基本的に住民の自治組織であり、日本の「むら」の区会、町内会・自治会と共通する。だが、組織単位は世帯でなく個人であること、行政下請的な特質がないこと、規約に解散条項があること、若い層が代表や理事を務めていることなどが日本と異なる。総じて機能的目的のために結成され、性別や年齢の偏りがなく、オープンな組織である点が際立っている。
最後に「補論 家族と親族ネットワーク」(中道)では、筆者たちが悉皆調査を行なったフーソー集落の住民の家族構成、仕事や生活、近隣関係、親族関係に焦点を当てている。一般にスウェーデンでは高齢者の社会関係が少なく、孤独が問題となっているが、調査地のような山村には、歴史的に古い家族を中心に広く濃密な親族関係があり、独居の高齢者の生活もそれらに支えられている。
以上のように本書は、スウェーデンの人口希薄な農村において住民による各種の協同組合活動、集落自治がいかに重要であるかを、現地調査に基づき論じている。冬の厳しさはもちろんのこと、人口密度の低さ、最寄りの都市からの遠さ、未舗装の道路と、日本の中山間地域以上の悪条件が揃っていることがうかがえる。大野氏による「あとがき」によると、悉皆調査を行なったフーソー集落では、空き家を借りて交代で自炊をしていたという。そのような苦労の末に得られた貴重な情報が随所に現れている。北欧らしい建物や風景の写真も多数掲載され、興味深い。
キーワードの一つであるビアラーグ(集落自治会)は、スウェーデン語―英語の辞典によれば「近隣協議会」「地域住民のアソシエーション」を意味するものの、日本の自治会や町内会よりもオープンであり、長老支配の傾向もないという。この点に関して疑問を呈するとすれば、ビアラーグのような地縁集団と、各種の協同組合、さらに地元企業を母体とする社会的企業がお互いにどう関係しているのか。それらが「歴史的社会資本」として蓄積されていくところと、そうでないところは何が異なるのだろうか。
また、本書の趣旨からはややはずれるかもしれないが、1995年のEU加盟がスウェーデンの農業・農村分野にどのような影響を与えたのかが、必ずしも明確に書かれていないのが気になった。表1-1(21頁)を見る限り、農業直接支援額の総額は加盟直前に比べてほぼ倍増し、しかもその半分以上はCAP改革絡みの「補償支払」であることからEUの財政支出によると思われるが、そのことはスウェーデンの農業政策や農家の所得にどのような影響を及ぼしたのか。中山間地域直接支払のみならず、戸別所得補償等、日本の直接支払制度全般の参考による上では、ぜひ知りたい点である。
(明治大学 市田 知子 評) expired domain auction .
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